ナノ粒子インキの用途

ナノ粒子インキを用いた超高精細な印刷技術の研究と実用化が進められています。銀ナノ粒子をはじめとする金属ナノインキで電子回路が作成されたり、バイオメディカルのような最先端医療で蛍光ナノ粒子インキが活用されたりするなど、応用事例は数多くあります。今回は、塗料としてのプリント出力から、化粧品や映像表示、環境保護にいたるまで、ナノ粒子インキの幅広い用途を紹介します。

ナノ粒子インキとは

ナノ粒子インキとは、溶剤中に超微細な粒子(ナノ粒子)を分散させた塗料のことです。ナノ粒子の直径は100ナノメートル(nm)以下で、毛髪の太さの1000分の1から1万分の1ほどでしかありません。銀、銅、ITOといった導電性を持つナノ粒子をインクジェットプリンターなどで印刷することにより、電極や配線パターンを基板上に作成することが可能です。ペーパー基板を使用した薄型フレキシブルデバイスの開発も進んでいます。

また、ケイ素ナノ粒子を活用した構造色インキの研究もおこなわれています。神戸大学大学院工学研究科は、耐候性に優れたケイ素ナノ粒子インキの開発に成功しました。ナノ粒子のサイズによって色合いを制御し、さまざまな基材に超高解像度の印刷や着色を可能にする技術です。塗料や顔料、セキュリティ、化粧品、バイオメディカルといった幅広い分野への活用が期待されています。

ナノ粒子インキの広範な用途

ナノ粒子インキは、その粒子サイズの細かさによって優れた特性を持っていることから、以下に挙げるような幅広い用途があります。ナノ粒子インキの研究や開発が今後も進み、新たな用途が見つかる可能性は高いでしょう。

プリント出力

細かい粒子サイズのナノ粒子インキは高精細なプリント出力が可能です。インクジェット印刷はもともと最小ライン幅20〜30ミクロン程度(1ミクロンは1000分の1ミリメートル)まで対応できますが、ナノ粒子インクを使用したインクジェット印刷では0.5ミクロン以下まで精度を高められます。より細かい文字や画像を印刷できることはもちろんですが、銀や銅のナノ粒子を用いた基板配線印刷への用途にも注目が集まっています。このような導電性インキを用いる印刷技術は「プリンテッド・エレクトロニクス」と呼ばれ、次世代デバイスの小型化・高性能化を実現する核心的テクノロジーとなりうるでしょう。

プリンテッド・エレクトロニクスの活用では「イオンマイグレーション」の発生を回避することが重要です。短絡や絶縁不良を引き起こす配線欠陥で、フラックスの洗浄や防湿剤の塗布によって対策することができます。イオンマイグレーションが効率的に解決されるようになり、プリンテッド・エレクトロニクスがさらに発展すればウェアラブルデバイスなどの小型化・軽量化がさらに進んでいくと予想されます。

セキュリティ・プリント

セキュリティ・プリントとは、印刷物の偽造を防止あるいは検知する目的で、印刷物に特殊な加工を施すことを意味します。近年、高性能なカラーコピー機や家庭用プリンターが登場し、技術的には容易に見分けがつかないレベルでの印刷が可能です。偽造防止機能があるとはいえ、紙幣だけでなく商品券やクーポン券などの金券類の偽造事件も発生しています。

こういった金銭的価値のある印刷物にナノ粒子インキを活用すれば、偽造を技術的に不可能にすることができます。ナノ粒子インキは一般的なコピー機やプリンターでは再現できないような超高精細なパターンが印刷できるためです。セキュリティ・プリントでは特殊な用紙や加工、デザインを組み合わせるのが一般的ですが、ナノ粒子インキの活用により偽造対策をさらに万全にすることができるでしょう。

カラーフィルター

カメラや映像表示装置に使用されるカラーフィルターにおいても、ナノ粒子インキが活躍しています。具体的には、カラーフィルターのガラス基板上に塗られるカラーレジスト用顔料の微細化や分散化を実現する技術として応用されています。カラーレジストは光の3原色であるRGB(赤・緑・青)を発色させるもので、ナノ粒子インキを均一に分散するよう塗布して透過性を高めることで鮮やかな色彩表示が可能です。このような拡散性や透光性は、ナノ粒子の特性としてよく知られています。

化粧品

化粧品分野でも「ナノ化粧品」や「ナノマテリアル」のようなワードを目にしたことはないでしょうか。たとえばナノ化粧品は、ファンデーションや日焼け止め、おしろいなどに、肌の被覆効果や紫外線の散乱効果が高い「酸化チタン」や「酸化亜鉛」をナノ粒子として配合したものです。超微細なナノ粒子が肌に触れることを懸念する声もありますが、ヨーロッパでは健康な肌には浸透しないことが確認されるなど、世界的には安全性が認められています。ナノ粒子を使った化粧品は可視光の反射を抑制するため肌が白くなりにくいのが特徴です。透明感や鮮明感を演出し、優れた美肌効果をもたらしてくれます。

映像表示

高輝度高精細のディスプレイを実現するために、ナノ粒子インキの応用研究も進められています。大型の映像表示装置などにナノ粒子インキを使用することで、高解像度の画像表示が実現可能です。半導体ナノ粒子は輝度が非常に高く、粒径の制御で発光波長をコントロールできるといったメリットがあり、新しいタイプの蛍光体として期待されています。さらに、現状のLCD(液晶表示素子)における課題となっている応答時間短縮の解決策としても、ナノ粒子を応用する研究が進んでいます。

センサー

細かい粒子サイズのナノ粒子インキはセンサー類への応用もおこなわれています。一例として、椅子やベッドなどに敷くだけで呼吸や脈波を検出・計測できるセンサシートなどがあります。軽くて薄いため持ち運びしやすく、変形させても機能的な問題が発生しません。低コストで導入でき大型化も可能で、さまざまなシーンでの感知や分析が可能です。医療や健康管理におけるナノ粒子技術を生かしたバイオセンサーの需要が高まってきており、血糖値センサーなどの使い捨て電極チップに金ナノ粒子インキが利用されています。

また、ナノ粒子インキを紙に印刷して簡易的なタッチセンサーを作るといった研究もあります。繰り返し曲げたり伸ばしたり、あるいは折り曲げたりしても機能性が落ちないことがすでに実証済みです。安価でありながら耐用性の高いバイオセンサーの実現もそう遠い未来のことではないかもしれません。

バイオメディカル

ナノ粒子インキは最先端医療分野、特にバイオメディカルにおいて用いられ、生体内の標識や診断、および細胞への治療などに使用されます。特にバイオイメージング技術やドラッグデリバリーシステムの分野でナノ粒子の応用研究が盛んです。緑や赤、オレンジといった蛍光ナノ粒子インキは、生体イメージングや診断アプリケーションにおける視覚化に役立っています。

環境保護

ナノ粒子インキを汚染物質や有害物質の捕集・除去に活用することもできます。酸化チタンナノ粒子のように、特定波長の光によって抗菌・抗ウイルス作用や親水性を発揮するためです。この機能を「光触媒」といいます。ナノ粒子インキを用いた光触媒コーティングによって衛生面を維持しながら清掃の頻度を下げられるため、環境負荷を抑えることが可能です。